日馬富士はガチで引退する必要はなかった

時事
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日馬富士が引退しましたね。

自分のやったことと世間のバッシングに耐えかねて、かなり本人は参ってたみたいですね。

こんな終わり方は本当に残念です。

日馬富士は朝青龍みたいに問題行動を起こしていたワケではなかったので、こういう暴力事件での終わり方は全く想像していませんでした。

本人は本当に無念だと思います。

人生を賭けて積み上げてきたものが一瞬でなくなった。

僕は思うのですが、日馬富士が今まで果たしてきた横綱としての責務や相撲界への貢献や周りへの影響などを考えると、果たして引退で良かったのかと凄く疑問に思います。

小さい体ながらも横綱に登り詰め、本人の言う通り全身全霊で戦う姿に感動を覚えた人はたくさんいると思います。

そして白鵬に一番勝てる確率の高い力士であり、取り組みは熱戦が多くてとても面白かったです。

日馬富士は本当に努力したんだと思います。普段の生活や練習などを含めて、多分僕たちには想像できないような苦悩があったと思います。

なので、日馬富士のこれまで積み上げてきたものを考えると、僕は彼の引退には反対でした。

「朝青龍も同じ暴行事件で引退したんだから、日馬富士もそうなって然るべきだ!」と言う意見があると思いますが、朝青龍と日馬富士の違いは、朝青龍は度々問題行動を起こしていたのに対して日馬富士が問題行動を起こしたのは今回の一回だけだということです。

初めての出来事であり、本人も反省しているなど改善の余地があるのであればチャンスを与えてあげようよというのが僕の考え方です。

しかしここで個人的に問題になってくるのが彼の立場が横綱であるということだと感じました。

実際日馬富士も横綱として責任を取って引退するということを話していました。

なのでこの日馬富士の引退を考えるにあたって責任というものがキーになるんじゃないかなと思ったので、責任というものについて調べてみました。

そして自分なりに考えてまとめた結果、責任とは、自分のした事の結果について周りを納得させる手段(今回でいうと辞任、もしくは引退)を自分自身に下す事だと解釈しました。

その上で日馬富士の引退を考えてみたところ、横綱というのは品格が求められる立場であり、今回の日馬富士の暴行事件で相撲協会、または世間を納得させるには現段階では引退という手段を取るしかなかったのかなとも思います。

でもこの引退が正解だったのかと言われると必ずしも正解というわけでもなく、日馬富士の引退を惜しむ声もやはりあります。

ここからは僕の個人的な感情込み込みで話しますが、だいたい横綱も神様じゃない。やっぱり根本は普通の、一人の人間です。

一人の人間である以上間違いは犯します。

だから今回の間違いと日馬富士が積み上げてきたものを天秤にかけた時に、この引退という結果は不当だと個人的に強く感じました。日馬富士だけに”不公平”だと思います。(相撲ファンなら分かってくれるはず)

もちろん僕は暴行の肩を持っているとかいうわけでは全くありません。

ダメなものはダメですが、良いものは良いのです。客観的にフェアに見る必要があると思います。

だからこの不祥事の対応は時代と共に変わっていく余地があるものであり、今回の件は横綱として引退すべきかすべきでなかったかを議論してもらいたいなと個人的に思います。

自分のしたこととは言え、日馬富士が可哀想だと感じます。

まとめ

僕は彼の引退には反対。

休場などの処分を下した上で、いつかは土俵にあげるべき。

例えば安倍総理だって最初に総理大臣に就任した時は一年ほどで政界から退場したのに、再び総理大臣になるとめちゃくちゃ長い期間やっているじゃないですか。

基本的に、失敗してもまたチャンスを与えてあげることって大事だと思います。

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