俺は知っている。
あの街は平穏で、ごくごくありふれた日常が分刻みで流れていることを。
朝の通学路、街の交差点、道の脇にポツリとあるなんでもない公園。
夕方になれば温かみのある西日が街を柔らかく包み、夕食の香りが街に立ち込め始める。
なんでもない、どこにでもある日常、景色、温度。
俺は知っている。
あの街の良いところ、みんなに誇れるところを俺は知っている。
俺は知っている。
あの街の空気が変わる場所を知っている。
そこだけはなぜか違う。
日常が、景色が、温度が。
ふいに冷たい隙間風が吹き、トンネルの出口が塞がれたような感覚に襲われる。
何かが違うんだ。
そこには何かがいる。
生物というものは自分が危険な状況に遭遇すると脳内で危険に対処する物質を放出し、危機を脱しようとする。
危険な事態に遭遇すると、アドレナリンを放出し、血液を循環させて運動能力を高め、その足でその場から逃げ出そうとする。
危険な状況になると予測される場合は、不安な感情を放出し、自身に慎重さを促す。
そう、まさにそういう状況なのだ。
あの場所に行けば、生物としてのセンサーが反応するのだ。
理屈では感じ取れない、本能でしか感じ取れないものがそこにはあるのだ。
あの街には何かがいる。
あの街の、あの外れのあの場所には、何かがいる
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