ハピロス

日記

えらい久しぶりのブログ更新やな。

もうこのブログ更新する気なんて鼻毛ほどもなかったけど、更新せざるを得ない気持ちになったから更新する。

3日前、8月26日に実家の弟(犬)が死んでしまった。

お母さんから「ハッピーが死んだ」と聞いて次の日に実家に飛んで帰ったけど、玄関には冷たくなったあの子の姿があった。

普段死については「仕方のないものだ」、「寿命で死んでくれたのであればそんなに幸せなこともないよな」ってどこか達観して思ってたけど、いざ愛する存在の死に直面すると本当に悲しくて仕方がなかったなおい。

しかも犬なんて人間と違って何の悪意も汚いところもなく、ただただ可愛らしくて一緒にいて楽しい存在でしかない。

冷たいあの子を撫でながらしばらく悲しくて仕方がなかったな。

でもホント、ソッコーで帰ってくることができて良かった。

28日にお母さんの実家の畑にあるさくらんぼの木の下に埋めに行くって言ってたから、それまでにゆっくり触れるだけ触れる時間ができて良かった。

最後のお別れの前に触りまくっとこうと思って色々な思い出を思い出しながらずっと撫でてたけど、いやー、本当にもう可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて仕方がなかった。

可愛くてというか、愛おしいというかね。

あぁ、これが愛なんだなって思った。

最後土に埋めるまで、やってあげられそうなことを全部やってあげたいと思って色々やってたけど、無償で相手に尽くしてあげたいというこの気持ちが愛なんだろうな。

葬式も今までやる意味とか分からなかったけど、最後の最後まで愛する人にお返しをしてあげたいという想いが核としてあるんじゃないだろうかと思った。

死んだ後に花を供えたり食べ物を供えたり死んだ人の亡骸を綺麗にしたりとかよくよく考えると死んだ後だから全部無駄だけど、でもこれが人間としての自然な気持ちなんだろうな。

でも、土に埋めるときは更にまた悲しかったな。

遂にもう触ることもできなくなるからね。

本当のお別れ。

思い出の品物と一緒に悲しさと寂しさと感謝の気持ちを感じながら埋めたよ。

ホントこの3日間色々ありすぎて感情も追いつかなさすぎて、マジで1ヶ月ぐらい過ごしたような感覚。

まぁでも、2005年2月7日生まれだから長生きしてくれた。

最後の1ヶ月は足腰が弱ってずっと寝たきりだったけど、とても元気な子だった。

家族を幸せにしてくれた大事な子。

名付け親として我ながらいい名前付けたなとホント心から思ったわ。

家に帰ってきたときは出迎えてくれないから寂しいけど、楽しい思い出がたくさんあるからね。

あの子で本当に良かったわ。

まぁ、しばらくハピロスが続きそうやけどな!!!!!!

犬の死ほど悲しものなんてないやろ!?!?!?!?!?!?!?!

これで本当におしまい

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